27~○○好きのブログ~

自分の好きなもの、ことを探し、考え、楽しい生活を実践していくブログです。

押井版 GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊

かなり久しぶりに、押井版GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊を見ました。

何年ぶりでしょう。

映画館に観に行った事は覚えていますが、その後DVDなど買ったんだったかな?レンタルだっけ?と曖昧な記憶しか残っていません。

なので初めて見た体で気づいたこと感想などをつらつらと書いてみます。

 

物語

ネットが世界中に広がり人同士が結びつく事ができる、体を機械化したサイボーグの人間が普通に生きている未来の、超攻撃的な警察組織、公安9課の物語です。舞台は日本。「人形使い」と呼ばれる、人格を持った人間をネットからハッキングして、意のままに操ることができるハッカーを追いかけ、その謎を解き明かしていきます。
今更ながら、インターネットが普及する前に描かれた物語です。原作の士郎正宗先生の先見性に脱帽です。
原作漫画1巻を通して描かれる、本作品の根本テーマとも言うべき内容を映画化しています。

 

生命とは、死とは

ネタバレになりますが、人形使いはわかりやすく言えばAIです。人間によりプログラムされた物が、情報収集、経験を積み重ね、データを蓄積することにより自我を持ち、人間と遜色ない意思、考えを持ちます。

肉体は持ちませんが、意思のないサイボーグが存在する世界なので、そのサイボーグに自分のデータを書き込むことで人として生きることも可能となります。

まさに人工生命体。人と違う点は遺伝子を残せないという事。ただ、意識だけの存在なので、寿命はありません。情報が劣化することもありません。不老不死を具現化したような存在です。

とすると、生きていると言うことはどういうことなのか、疑問が生まれます。遺伝子を通して生まれた訳ではないが、人間としての意思を持っている存在。それは生命体たり得るのか。

死とは何なのか、肉体も意識も失うこととするなら、情報化された意識を持つ物に死は訪れないのではないか。

その回答なのかは分かりませんが、人形遣いと、脳以外すべてをサイボーグ化した主人公が融合する形で最後を迎えます。この融合は新しい生命体の誕生なのでしょうか。滅びの序章なのでしょうか。

死は、人生の中で唯一100%起こる事象。

そう考えた時、死を迎える事ができることこそ生命体。

意識だけの存在は、ただのデータベース私はそう思います。

 

表現の細かさ

見ていて細かいなと思ったのが、サイボーグの重量感の表現です、サイボーグ化した人間が動く時の床や、落ちた時に周りの物が壊れることを映し出すことで、普通の人間ではないということを描きだしてくれています。

強力な銃を撃つ前、足を開き体を前に倒す事で反動を抑えるように構えます。これも表現に厚みを持たせる演技だと思いました。

こういった表現、演技が、アニメの中に現実感を与え、真実みを増していているのだと思います。

 

最後に

元々原作の攻殻機動隊を高校生の頃に読んで衝撃を受けた作品のアニメ化、そして押井守監督作品と言うことで、公開当時は非常に楽しみにしていました。

でも単純に楽しめないと言うのが押井作品という気がします。1回見ただけでは、何も分かりませんね。何度かみて新しい発見を再度探してみたいです。

漫画も読み返そうっと。

ではまた。